夜灯

手づくりの明かりでまちの宝を照らす

稲毛あかり祭り「夜灯(よとぼし)」

毎年11月末になると、京成稲毛駅周辺のせんげん通りを中心に、稲毛あかり祭り「夜灯(よとぼし)」が開催されます。2015年で10回目を迎え、地域のお祭りとして定着しつつあります。Dropsは、夜灯の仕掛け人の一人でした。

稲毛の宝を照らそう

はじまりは2006年、Dropsがまだ稲毛にいた頃です。稲毛商店街の人たちや、まちの人たちと共に、稲毛のまちの宝たちを明かりで照らすプロジェクトを始めました。→詳しくは夜灯誕生秘話へ。

地域のみんなで祭りをつくる

まちの宝は何だろう?子どもからお年寄りまで、自分の好きな稲毛の風景を描いてもらいました。それをひとつひとつ灯篭にして、お祭り当日、せんげん通りに並べます。約3000個の灯篭がまちを照らし出しました。

いまの夜灯

2009年にDropsは西千葉に引っ越したため、稲毛の一員ではなくなりました。でも稲毛商店街をはじめとしたまちの人が中心になり、年々盛況さを増しています。

稲毛あかり祭り「夜灯」誕生秘話

夜灯漁の記憶

稲毛はむかし、海のまちでした。今の国道14号線から先は、遠浅の浜が広がっていて、白砂青松の美しい海岸が続いていました?。漁をして暮らしている人も沢山いました。

そのころ、新月の夜に行われていた遊びの漁が「夜灯漁」です。夜になり、潮が大きく引くと、遠浅の干潟が現れます。大人も子どももカンテラに明かりを灯して浜に下ります。光に集まったエビや貝や小魚を捕まえるのです。

昭和30年代に入ると海は埋め立てられ、人々の暮らしも大きく変わりました。夜灯漁の記憶も、海の景色とともに埋れてしまったのです。

海の記憶を伝える

そんな話を私たちが聞いたのは、まちの人と話していた時のふとした会話のことでした。むかし海だった頃の記憶をきちんと伝えたい…。時代に埋れたまちの記憶を呼び戻し、今を生きる稲毛っ子みんなで共有したい。

カンテラの明かりで漁をした夜灯漁の話からヒントを得て、「まちの宝」を、ひとつひとつ丁寧な明かりで照らすことを考えました。

<当時のイメージパース>

プロジェクト データ

稲毛あかり祭り「夜灯」
2006-2008
千葉市稲毛区せんげん通り など